文化系ブログ

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松田奈緒子『歌』は、中原中也や芥川龍之介を題材に、独特の絵で作品世界に切り込んだ、読み応えのある一冊だった。

歌 文芸ロマン (ホームコミックス)

 

松田奈緒子『歌』(ホーム社、2013)を読んだ。

 

昨日は銀座に出かけて教文館書店で本やマンガを見ていた。2冊買ったのだが、1冊は浦久俊彦『フランツ・リストはなぜ女たちを失神させたのか』で、もう1冊はこの本。ぱらぱらと立ち読みした感じが面白く、久しぶりに予備知識なしにカンだけで買ってみた。

 

これは文学を扱った短編集。最初の作品の『歌』は主人公が中原中也。中也の恋人だった『ガルボ』と呼ばれる女性が、小林秀雄のもとに奔った、その時期のことを描いている。

 

「俺は宇宙で一人しかいないんだ!生まれついてのこの命(こころ)をかえられようハズがないじゃないか…」

 

孤独と寂しさと、自分であることの辛さと愉しさ。

 

文芸マンガにはいろいろあるが、カリカチュアライズされた作者の線が、とても内容にマッチしているように思った。

 

それから、芥川龍之介の短編を題材にした二本。『昨日の彼女は』は「カフェーの女給」であるけれども、自立してしっかりした人生観を持った少女・お君と、有閑マダムの若いツバメで羽振りはいいがが実際にはレストランの下働きでしかない寅吉との恋の話。あまり美人でないお君が、じつは「自立した女」で、永井荷風の「つゆのあとさき」を思い出した。あの主人公も「君」という字がついていた。

 

「モデルA」は貧乏のどん底にあった若い画家が、ハーフのモデルを殺したのかそれとも夢だったのか、成功して名を挙げた今でもわからない、という話。こういう「薮の中」のような芥川龍之介のストーリーにも、作者の絵はあってるなあと思った。

 

なんと言ったらいいのだろう、オスカー・ワイルドの『サロメー』の挿絵を描いたビアズリーのような絵。その線で大正から昭和の東京を描くとこういう風になるんだなと思う。

 

オリジナルの2作品、「一夜のサロメ」と「侘助」の味わいは、80年代に好きでよく読んでいた山田章博の『人魚變生』に似ているように思った。山田さんは当時は大正ロマンと古典SFの作風だったので、時代的にも近い。

 

「一期(いちご)は夢よ、ただ狂へ」というのか、そういう世界を描くのに、この線は本当にあっていると思う。

 

あとで知ったのだが、松田奈緒子は今書店に山積みになっている、『重版出来!』の作者あった。

 

マンガと文学の好きな人には、あるいはマンガは好きだけど文学にはちょっと手が伸びにくいという人にも、おすすめの一冊だったと思う。