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文化系ブログ

アート、小説、音楽、映画、文化に関すること全般を雑談的に。

E・T・A・ホフマン(上田真而子訳)『くるみわりとネズミの王さま』(岩波少年文庫、2000)を読んだ。

クルミわりとネズミの王さま (岩波少年文庫)

 

E・T・A・ホフマン(上田真而子訳)『くるみわりとネズミの王さま』(岩波少年文庫、2000)を読んだ。

これは先日も書いたけれども、スタジオジブリの広報誌『熱風』7月号で取り上げられていたからで、それは長編映画から引退した宮崎駿の引退後初の仕事、「三鷹の森ジブリ美術館」における企画展示「クルミわり人形とネズミの王さま展」の特集の中で、だった。

もともと宮崎さんはバレエの『くるみ割り人形』のお話をもとに描かれたアリソン・ジェイさんの絵本(蜂飼耳訳)『くるみわりにんぎょう』(徳間書店、2012)を読んでこの話に興味を持ち、そしてホフマンの原作も読んでこの展示を企画し作ったのだという。

 

くるみわりにんぎょう

私はまだ残念ながらジブリ美術館の展示は見に行けていない(完全予約制で毎月10日に次の一月間の予約を取るようになっている。もう7月8月は完全に埋まっている。夏休みだから仕方がないんだろうけど)、というかジブリ美術館自体にまだ行ったことがないのだけど、『熱風』を読んでいろいろと興味を持った。というのは、この特集に文章(談話を含め)を寄せているのが宮崎監督自身、絵本を描いたアリソン・ジェイさん、ドイツ文学者の若松宣子さん(若松さんの解説でかなり興味を持った)、マンガ家で『風と木の詩』や『空が好き!』の作者である竹宮恵子さん、宮崎監督のインタビュー本を何冊も出している『ロッキン・オン』の渋谷陽一さん、それに『One Piece』の作者であるマンガ家の尾田栄一郎さんという豪華なメンバーなのだ。

 

舞姫(テレプシコーラ) (3) (MFコミックス―ダ・ヴィンチシリーズ)

くるみ割り人形』は、まあ、私のイメージとしてはチャイコフスキー作曲、プティバ振付のバレエだ。姪っ子たちのバレエの発表会を見に行った、その印象が一番強いかな。DVDを借りてきてロシアあたりのバレエ団のものを見た覚えもある。あとは、山岸凉子さんの『テレプシコーラ 舞姫』で主人公の六花がクララを踊る、その物語のなかのストーリーとして読んだもの、というイメージで、いずれにしても夢見がちな少女が一夜の素敵な夢の世界に行った、という以上の印象を持ってはいなかった。アリソン・ジェイさんの絵本も基本的にはそういうものだ。

しかし、この特集の中で語られているホフマンの原作は、どうもそういうものではない、という雰囲気が漂っていた。考えてみたらホフマンと言えば、19世紀前半の有名な幻想作家だ。そのホフマンが書いているのだから、考えてみたら一筋縄でいく作品であるはずがない。

まず宮崎さんの『くるみ割り』評。「この本、読んでいくと全然つじつまが合ってないんです。でもそれに対して、まるで原作者のホフマンが「きみ、何でつじつまがそんなに必要なんだね」と言ってる感じなんです。」と言ったり、「この話って頭がおかしくなるように書いてありますね。直訳したものを読んでいくと、もう口から出まかせ、いくらでも来るぞという感じで(笑)」と言ったりしています。宮崎さんが「頭がおかしくなる」というくらいだから、これは面白いぞ、と思ってしまう。

また尾田さんも、「原作は正直、読んでも理解できなかった。(笑)ぼく、自分で絵を描きながらお話を追ってみたんだけど、それでもだめだった。だから、宮崎さんはどうやって理解したんだろうと非常に興味を持ったんです。展示の内容を紹介するパネルに「わからん」と宮崎さんのコメントが書いてあって、すごく安心しました」と言っている。

この二人に共通するのは、アニメ作家でありマンガ家であること、つまり物語を「絵」でとらえる人、だということがあると思う。この作品は、読んでいるうちに現実の世界かと思っていたら異世界に行っていたり、人間だと思って読んでいたら人形だったりということがよくあるから、そうするといったいどこから人形になっちゃったんだろとか、どこからが夢の世界なんだろいうの絵が描けなくなって頭が混乱する、ということがよくあるのではないかと思った。

私はお話は必ずしも視覚的なイメージを再現しながら読むわけではないので、読んでいてそういうところに出くわすと、「あ、思ってたのと違ったのね」と思って修正するとそのまま続きを読む、という感じになるのだけど、絵をかいてしまった人はイメージの持って行き場がなくて四苦八苦する、ということはあるのかもしれないと思った。

まあつまり、確かにこの話はずいぶん途中で空間を捻じ曲げている感じがあるのだけど、それを含めてすごく面白いと私は思った。つじつまが合ってない、という感じは私はそんなにしないのだけど、現実の少年少女が異世界に行って、そこでいろいろな困難にぶつかり成長して帰って来る、というファンタジーの定型に慣れきっていると、こういう開かれたオチというか、最後は行ってしまったきり帰って来ない、というお話を読むと自分の中で気持ちの落とし所がなくなってしまって変な感じになる、ということはあるのだろうなとは思った。

そう、このストーリーの最大の特徴は、クルミわり人形と素晴らしい夢の世界に行ったマリーが一度現実の世界に帰って来たのだけど、その素晴らしさを誰にも分かってもらえなくて、結局再び夢の世界に行って夢の世界でクルミわり人形と結婚し、その世界の王と女王になるという「オチ」にあるのだと思う。

夢の世界と現実の世界は等価ではない、と私たちは思っているわけで、特に大人になると現実の世界の重さが身に沁みてきて、ファンタジーと言っても表面的な読み方になりがちで、現実の自分の存在が脅かされるような深いところまで降りて行ってしまうような読み方はあまりしなくなる人が多い、つまり日常の慰藉以上のものではないとこういう物語をとらえる人が多くなるように思う。

でも本来、物語というものはそんなチンケな安全なものではない。もっとやばいもので、下手をしたら現実に帰って来られなくなる可能性すら秘めた力の強いものであるわけだ。私も子供の頃、そういう物語をよく読んで、結構子ども心に戦慄を覚えた作品はよくあったけれども、いまでももっとも良く思いだすのは、「ナルニア国ものがたり」のシリーズだ。このストーリーは、主人公であるイギリスの少年少女たちが、別の世界にある「ナルニア」に不可抗力で行ってしまい、そしてある冒険をして現実世界に戻って来る、というのが基調になっている。ある意味安心して読める物語構造になっているわけだ。

 

さいごの戦い (カラー版 ナルニア国物語 7)

ところがシリーズ7冊目、最後の作品である『さいごの戦い』は違う。ナルニアは滅びてしまい、ナルニアに飛ばされたペヴェンシー家の兄弟たちも、現実の世界では死んでしまって、永遠に「真のナルニア」で生きることになるのだ。これは、作者であるルイスがある種の『神の国』として永遠の世界を描いているということなのだろうけど、小学生の時初めて読んだ時には文字通り戦慄した。

こんなに行く絵にも重層的に組み立てられてきた物語の世界に行った人たちが、帰って来ないなんて!と。

子どもにとって、「帰って来られない」というのはすごく不安なことだ。だから、それだけ、強く心に刻み込まれたのだと思う。今ではそれも一つの物語のパターンだと思っていて、でもやはりかなり強い構造の物語であることは間違いないと思う。ある種の呪いというか祈りというか、「ここよりもより素晴らしいここでない世界」への危険な憧れのようなものを感じるし、そしてそういう世界を身近に感じるという一つの才能に恵まれた人にとっては、どきどきするようなことであるわけだ。

考えてみると、私がそういう世界に憧れるようになったそもそものきっかけがこの「さいごの戦い」であった気がする。そして、そういう世界に自分の心が開かれるようになったのも、この物語に酔って「ここよりも素晴らしいどこか」の話を描きたくて仕方なくなった、ということであった気がする。

物語というものが、現実の世界に奉仕するためのものだ、という立場からすれば、それはとんでもないことであり、いかがわしいものであるということになる。現実と物語は、決して等価であってはならないからだ。ましてや物語が現実を凌駕するものであることは決して許されない。

しかし、その危険に踏み込んでいく人もいるわけで、ある意味自分はそういう人間なんだなと最近思うようになってきた。というか、もともとそうだったのを、この年になってようやく自覚してきたと言えばいいんだろう。

だから私にとって、このホフマンの原作は、とても面白いし何というか物語ってこういうものだしこうして描くものだよなあと読みながら何度も思った。現実よりも物語の方が面白いなら何も現実にこだわることはないんじゃないか、と思ってしまう。

もちろんそんなことを言ったって現実の世界に生身を持って生きている人間であることに変わりはないわけで、現実の世界に足場を築いて現実の風を浴びながら何とか生き延びていかなければ物語の世界に耽ることさえできなくなる。

ロマンとかメルヘンとかファンタジーとかをどう生きるかというのは、トライし甲斐のあるテーマだなと思う。

メルヘンとファンタジーの違いは、メルヘンの登場人物は異世界の存在に驚きを感じないが、ファンタジーでは最初戸惑いを感じていた登場人物たちが徐々にその世界に飛び込んで行く、と言うところが違うのだ、と言う若松宣子さんの指摘は面白かった。と言うことは、リアルと幻想(メルヘン)の間を行き来するのがファンタジーだ、と考えればいいのかもしれない。

私が思ったのは、自分自身の発想と言うのはどちらかというとメルヘンに近いなということ。であったときに、すぐ仲良くなったり不思議なことが起こっても驚くと言うよりそう言うものなんだと受け入れてしまう感じが自分にはあって、物語を書いていても、「こういうことが起こったら普通驚くよな」と思いながら、じゃあしょうがない、ここでこの子を驚かせよう、みたいな感じで不自然さをなくす努力をしている感じなので、なんというかそれ(驚かない)もありなんだなと思って、すごく世界が広がったというか許された感じを覚えた。

メルヘンの世界の住人は当然メルヘンの世界のルールに従って生きているわけで、驚くのが不自然なのだけど、それでは読者に違和感があって伝わらない、と言うのを、どの程度現実に引っ張ってくればいいのかいけないのか、そのへんのところはけっこう面白い問題なのだなと思ったのだった。

最後はちょっとまとまらなくなったが、この物語はとても面白かったし、こういうものを書いて行く上で、自分に取って凄く大事になることがいろいろあったように思ったのだった。

『バルテュス展』を観に行って、思ったこと。

バルテュス、自身を語る

6月1日日曜日に、東京上野の東京都立美術館へ『バルテュス展』を見に行った。

バルテュスは以前から好きな画家ではあったのだが、本格的に関心を持ったのは2011年、震災の年のことだった。震災以前から少し画集などを読み始めていたのだけど、震災でささくれ立った心にすごくしっとりと入ってきたのが、『バルテュス、自身を語る』で語られたバルテュスの言葉だった。当時のブログを読むと、本棚が倒れて前面のガラスが粉々に破れ、散乱した破片を片付けたりしていた当時の記憶が甦ってくる。その時に、「私はつねに絵とは「素晴らしいもの」の追求、イエスの誕生時にベツレヘムに向かった東方の三博士が夜道を歩いているようなものだと思っていました。導いてくれる星に従い、そうして出現にたどりつかなければなりません。」という震えるくらい美しい言葉を読んで、何か自分の心が彼の作品に向かって開かれたような気がしたのだった。

またバルテュスが「不穏な画家」であることについても考えたことがあって、それはこちらに書いている。当時、精神状態がやはり不安定な部分があって、その中で数か月をかけて彼の本を読み切ったことは、たぶんそこで自分の感覚や精神状態のようなものを再構築する意味があったのだな、と今にして思う。

だから、もちろんバルテュスの本格的な回顧展が東京で見られることはとても心が動いていたのだけど、あれからもう3年もたったこともあって、その頃の彼の言葉や彼の作品との「特別のつながり」のようなものはもう忘れている部分があった。だから何となく都美館に行くのも気が進まないところがなくはなかったのだが、やはり行けば行っただけのことはあるだろうという気がして、ようやく昨日行くことができた。

でも、彼の作品にはやはり自分が忘れていても強い思い入れのようなものがあったのだなと思う。バルテュスの絵を実際に見るのは多分初めてだったのだけど、なんだか懐かしい人に会いに行くような、そんな気持ちが美術館に行く道すがら、湧き上がってくるところがあった。久しぶりに会って、変わってないか、あるいは自分が変わってしまっていて、そのせいで印象が変わってしまいはしないかと。そういう不安。

だから、館内に入っても、先ず自分の見たい絵から順番に見て行った。回顧展だから彼の画業を理解するための、まだバルテュスバルテュスになる前の作品もいろいろとあったのだけど、そういう作品はまずは飛ばして、まずは彼が彼であるたるゆえんの絵たちを見て行った。地下から見て、一階に上がり、二階に上がり、外に出る前にもう一度エレベーターで地下に降りて、もう一度見る。結局そんなふうにして延べ三回転見た。混雑していたら迷惑な鑑賞の仕方だが、それが許される程度には空いていた。思ったより混んでいなくて助かった。

何度も見ているうちに、思うことがいくつか出てきた。一言で言うと、思ったより面白くなかったのである。

上に書いたように、バルテュスは自分にとって特別なところがある作家である。その作品をはじめて見て、思ったより面白くなかったと感じたのはなぜだろうか。それは多分、かなり深刻な問題なのだ。

まず、いろいろな絵を見ているうちに、タブローよりもその前の素描の段階の絵、あるいは素描のみの絵がすごく強い印象を持っていることに気がついた。やはり素描というものは特に、実物を見ると印刷物とは全く違う印象を与える。たとえば1968年に描かれた『読書するカティア』という作品の習作としての素描。まだ顔は適当で、おもに焦点があてられているのはその素晴らしく肉感的な脚だ。膝で折られた左脚の、その太もも、ふくらはぎ、すね、足首、足の甲、爪先。伸ばされた右脚の少し折られた膝と、脚の美しさ。これは凄いと思った。

しかし完成品は、なぜか膝の曲げ方が左右反対になり、両脚は肉感的というよりはかくっという曲げ方になっていて、どう見ても素描の方が存在感が凄い。バルテュスは、デッサンの段階では「描きたいもの」は明らかに「脚」であったのだと思うが、タブローにする際にもっと違うものを描きたくなったのだ、と思った。

しかしこの完成したタブローを見ても、顔は本の影になる形で、光が当たっていない。光が当たっているのは本と、脚と、背景の壁や床なのだ。

バルテュスは何のために、つまり何を描くために、このタブローを描いたのだろうか。そんなことを思いながら、館内を歩く。

二度目に見たとき、バルテュスのアトリエを再現したコーナーの前で、バルテュスのインタビューを撮影したビデオが流されていた。そのインタビューの中でバルテュスは「絵を描く上で大切なのは光と静けさと、そのほかにはなんですか」という質問をされて、彼は「何よりもまず光です」と答えている。そしてアトリエに置かれた絵、1994年から95年にかけて描かれた『モンテカルヴェッロの風景(Ⅱ)』を見ながら、「もうすぐ、素晴らしい光が入ってきます」と言っていた。彼はアトリエで、自然光のみで絵を描いていたということは、インタビューを読んで知っていた。

そしてはたと気づいた。彼は、光を描きたかったのではないか。バルテュスはアトリエで光を待ち、その自然の素晴らしい光の中で、作品を描いた。ということは、彼の作品をベストの状態で見るためには、自然光の中で見なければならないということになる。それなのに、実際に宛てられている光は、普通の美術館の普通の、危なげのないライトなのだ。あまりに普通だからそういうものだと思ってしまっていたのだけど、それは画家自身が見たい光だとは、到底思えない。バルテュスはどう考えても「危ない」画家なのだから。

もちろんこれは無理難題なのだと思う。油絵なのだから、日本の6月の強い自然光など当ててしまえば絵は確実に傷むだろう。しかしそれは叶わないまでも、絵に当てる光をもっと工夫することはできたのではないか、と思う。バルテュスの絵は絶対、光の当て方ひとつで全然見え方が変わる作品なのだ。自分が物足りなさを感じたのは、この光の当て方、絵の見せ方なのだと気がついて、かなり合点が行った。

彼の戦前戦中の不穏な絵たちは、光の当たり方に緊張感が高い。特にポスターにもなっている『美しい日々』などはそうで、舞台で言えばサスペンションライトのような緊張感の高い光が描き込まれている。この絵も、いわゆる泰西名画を見せるようなライトではなく、もっと緊張感が際立つような光の当て方をしたら、非常に際立つ印象を与えたに違いない。もちろん初めて見た人たちには強い印象があったとは思うのだけど、印刷物で何十回も見ているものにとっては「画集と同じ絵がそこにある」ではつまらない。という印象になってしまったのだ。

そしてそれと関連するけれども、この展覧会ではあまりにもバルテュスが巨匠扱いされ過ぎている。もちろん巨匠であることは疑いのない事実であるけれども、バルテュスルーベンスではないのだ。むしろカラヴァッジョ、つまり異端の画家であるはずなのだ。(そういえばカラヴァッジョも光と闇の魔術師だった)

今回の展示のコンセプトで弱いところがあるとしたら、そういう異端性の表現の部分であったのではないかという気がする。もともとこの画家は、たとえば昔の西武美術館のような最先端の前衛や異端の画家が取り上げられ、とんがったスノッブな人たちや頭でっかちな学生が見に来て面白がったり彼女に威張ったりするような画家であるべき(あるべきというのも変だが)なのが、「20世紀最後の巨匠」という感じの、つまりは「美術史のお勉強」的な感じで取り上げられ、真面目な顔をして絵を見に来るたくさんの中高年を動員することに成功した、という展覧会になっている、ということなのだと思う。

もちろんそれで商業的にはかなり成功した、と言っていいのではないかと思う。しかし、出口で年配の女性同士が「ああ、今日はたくさんお勉強した」と喋っているのを聞くと、「勉強するような絵じゃないだろ」と思ってしまう。たとえば描かれている女性の裸体を見て、「きのうの女の身体に似ている」と思ってしまうような怪しからん野郎どもが何食わぬ顔をして見る、そんな絵だという側面が、捨象され過ぎてしまっている。春画を見て多色刷りの鮮やかさに感嘆するのもいいが、それだけじゃないだろうというのと全く同じ話だ。

村上隆さんもどこかで描いていたが、現代美術では性の問題はむしろ取り上げられるべきテーマの一つであって、やはりその点においても彼の作品は現代性を持ち続けているのだし、そこをスルーするのは本来展示の仕方としてださい。しかし逆に言えば、日本でバルテュスという作家の作品が「見てもいい」絵になるためには、こういう展示の仕方もされなければならないのだろうな、とも思う。だから逆に、痛々しさとか不自然さを感じてしまうのだろうな、と思ったのだけど。

展示についてはいろいろ思うところはあったけれど、最後に展示されていたバルテュスの蔵書や愛用の品を見ていて、「年を取ったら銀の杖の似合うジジイになりたい」と思った。バルテュスはやはり、若い時も年を取ってからもかっこいい。あのかっこよさがなければモデルをだまして脱がして(失礼)絵を描いたりはできなかったのではないか、とつい妄想する。

さて、いろいろと書いてきたけれども、これらはもちろん個人的な意見だ。敢えて強い表現を取ったところもあるけれども、基本的には、やはり作品の真価、作家の真価が十全に受け取れるような形で見てみたいと思うからこそ書いたことなので、失礼の段はお許し願いたい。

バルテュスはインタビューで、言っている。

「絵を描く仕事に虚栄や自惚れを見てはいけません。まさにその反対、いかに自分を守り、前進するか、なぜなら、常に、何においても重要なのは歩くこと、進歩することだからです。そのために私は常に誰かれの忠告、ましてや現代絵画で目につきやすい流行や妙な癖は無視していました。心に留めていたのは己を信じて、まだ不明でわけがわからず、震えでしかないものを日の当たるところまで持っていくことだった。絵としてもっとも正しいものに正確に到達するために、仕事、また仕事。なぜなら絵には絵の正しさというものがあるからです。」

絵には絵の正しさがある。それを彼は確信している。だからその「正しさ」が十全に感知できる示し方で見たい。この文章も批評というには拙すぎるけれども、批評にも批評の正しさがあるだろう。それはやはり、その作品、その作家の真実をとらえることだろう。少しでもそれに近づく手掛かりになることを意識して、この文を書いた、わけなのだが。

 

村上春樹『女のいない男たち』を読んでいる。

女のいない男たち

 

村上春樹『女のいない男たち』(文藝春秋、2014)を読んでいる。

読んでいる、というのはまだ読了してないからで、前書きと最初の『ドライブ・マイ・カー』、それに『イエスタデイ』というビートルズの曲から題名を引用した二作を読んだところだ。

作品としては、『ドライブ・マイ・カー』は落ちがぴたっときまった、という感があるが、『イエスタデイ』の方は何となくもにゃもにゃした感がある。ただ、『イエスタデイ』の方は村上春樹自身の自画像に近い何かが書かれている部分がある気がして、そのあたりで面白いと思った部分が大きい気がする。

ただ、ここではそういう真っ当な作品批評というよりは、この作品を読んで気がついたこと、という形で書いてみようと思う。

最初の『ドライブ・マイ・カー』を読んで、村上春樹の小説って、自分自身のことについて考えているいいわけみたいなものに正当性を与えてくれるところがあるんじゃないか、と思ったのだ。

それはある意味、読む人の弱みに付け込む小説だと言えるかもしれない、と。

『ドライブ・マイ・カー』はなくなった妻がほかの男と寝ていることを知っていた男が、なぜあんな「大したことない」男と妻が寝たのか、ということがどうしてもわからない、と専属ドライバーの女性に吐露すると、彼女は「奥さんはその人に心なんか魅かれてなかったんじゃないですか。だから寝たんです。」と答える。そしてそれを読んで、私はああなるほどと思う。そして、そういうことってあるよなあ、と思う。

そういうことってある。かもしれない。「心なんて引かれないからこそ、寝た」という逆説。欠損してしまった自分の何かを埋めるために、(作中では原因不明で生まれたばかりの娘を失ったことがきっかけのように描かれている)空っぽの相手と寝る、という行為。確かに、わかるような気がする。

しかし、それを「わかる」と言っていいのだろうか?

いままでだったら私は、「わかる気がする」と言って肯定していただろう。そして、そこにある問いかけ、「だからと言って空っぽの相手と寝るのはいいことなのか?」という問いかけに向き合うのではなく、無意識のうちに無条件に肯定していたような気がする。

もちろんこれが、誰かの相談ごととして持ち込まれて告白されたら、「だからと言ってそういう相手と寝るのはあなたにとっていいことだとは思えない」と答えていただろう。でも、これが村上春樹の小説だから、そしてまるでその結論だとでも言うような形で語られているから、思わずそれを肯定してしまう、そんな心の追いやり方が、彼の小説表現にはあるのではないかと思った。

小説を読んでいない、普段の私なら、それは少なくとも無条件で肯定できることではない。むしろかなり強く否定する気がする。しかし、村上春樹の土俵に上がってそのことについて読んでいると、そのことについて考えたつもりになっているうちに思ってもいない結論に導かれてしまう、というところがある。

たぶん、つまりそれは、人の弱さというか、弱さに弱さを重ねて肯定してしまうところが村上春樹の小説にはあって、そしてそのようにして自分を許すことがとりあえずは必要だったり、ないしは許して終わりにしてしまいたい人がとてもたくさんいて、その人たちにとってはすごく強い肯定のメッセージになっているのではないかと思ったのだ。それを「読者の弱みに付け込んでいる」という言い方をしたのだけど。

もちろん、それが悪いことであるとは、一概には言いきれないことは私にもわかっている。どんなに危なっかしい新興宗教でも、それに入信することで本当に救われる人がいないとは限らない。怪しげな遺伝子操作技術で一週間寿命を延ばして、それがその人の為すべき仕事を達成させて人類に大きな利福をもたらすことだってないとは言えない。

しかし、村上春樹の小説には「そういうところ」がある、ということは、自分自身としては理解しておきたいと思ったのだ。

もちろん、小説というものは多くの場合、そういう部分があると言えなくもない。明治や大正時代にも、漱石の『それから』や『こころ』を読んで自分のあり方を肯定し、ほっとしている青年は多かっただろう。だからこそ、文学に耽溺することがろくでもないことのようにいう人がいたわけだけれども。

小説を読んでいるとき、人は必ずしも前向きではない。もちろん常に前向きである必要はないけれども、小説は面白いからこそ、読んでいて自分がどちらの方向を向いているのか見失うことも多いのだと思う。

だからときどき、小説に耽溺している自分にふと気がついて、はっとしてみるのもいいのではないかと思ったのだ。

『ドライブ・マイ・カー』を読み終えて、そんなことを考えていた。

さいとうちほさんの『とりかえ・ばや』第4巻を読んだ。「色好み」が物語を展開させる原動力であるのが面白いと思った。

とりかえ・ばや 4 (フラワーコミックスアルファ)

 

さいとうちほさんの『とりかえ・ばや』第4巻を読んだ。

 

平安時代の古典『とりかへばや物語』に題材を取ったさいとうちほさんの作品、『とりかえ・ばや』の第4巻が出た。

 

主人公は女性なのを隠して宮中に出仕している「沙羅双樹中納言」と男性なのを隠して女性である東宮(皇太子)に仕えている「睡蓮の尚侍」(すいれんのないしのかみ)なのだが、今回のストーリーではほぼ沙羅双樹が中心となって展開している。

 

と言うのは、沙羅双樹が女性であることが、親友の「石蕗の中将」(つわぶきのちゅうじょう)にバレてしまい、そこから展開して行く波瀾のストーリーが今回のメインだからだ。

 

石蕗の中将は沙羅双樹の妻・四の姫と通じて子供まで生まれてしまうのだが、実は石蕗が魅かれていたのは沙羅自身であったと告白され、またその会話のうちにふとした弾みで沙羅が女性であることがバレてしまう。

 

この巻では、ついに沙羅を思慕する石蕗が、男色家の式部卿宮の策略で、石蕗に抱かれてしまう、と言う展開になる。この辺り、原作の物語でも古来かなり物議をかもしたらしいのだが、まあそりゃそうだろうと思う。

 

沙羅はショックのあまり乳母のあぐりのところに泊まりに行き、しばらくそこで身を隠す。「男としての自分は今宵死んでしまった」と。沙羅はそれまでも月の障りのときは宮中を辞して乳母の家で静養していた。石蕗はそれを探し当て、訪ねてきて、その後も何度も文や歌を送る。この石蕗の情熱的な歌がなかなかだなあと思うし、それに返した沙羅の皮肉な歌もなるほどなあと思う。

 

いかにせむただ今の間の恋しさに死ぬばかりにも惑はるるかな

 

人ごとに死ぬる死ぬると聞きつつも長きは君が命とぞ見ゆ

 

中納言宮中に参内しなかったため、帝が心配し、季節外れに咲いた桜の枝を折って文を送ったため、沙羅は自分の使命を思い出し、宮中に再び出仕し、洪水をもたらす鴨川の工事に当たる防鴨河使庁の長官を引き受ける。

 

しかし今度は帝が沙羅双樹に瓜二つだという睡蓮の尚侍に興味を示し、入内の話が持ち上がる。それを何とか断ろうとしている二人のところに帝が現れ、十二単に身を隠した沙羅の顔を偶然かいま見、睡蓮を見たと思ってしまう。

 

中納言は防鴨河使庁の仕事に打ち込みますが、四の姫と石蕗のことを思い、四の姫を離縁しようとした矢先、四の姫が二人目を身ごもる。四の姫のつわりの様子を見た沙羅は、自分にもつわりが現れたことに気づく。

 

この物語の一番の中心は、男と女が入れ替わり、そのまま普通だったら問題なく過ぎて行く様々な通過儀礼のようなことが起こるたびに問題が発生していくそのハラハラドキドキにあるわけだが、そのストーリーを動かして行くのが石蕗の中将や帝の「色好み」や「思慕」であるところが面白い、というか人間の生物としてのパワーを感じさせる。

 

男女が入れ替わっている沙羅と睡蓮は、自分がそれぞれ本来の性とは別の性として生きて行くことを決意しているので、そう言う生物的な衝動には鈍感というか、困ったものだと感じている方が強いのだが、つい石蕗を受け入れてしまった沙羅にしても、女東宮に思慕の気持ちを持つ睡蓮にしても、完全に理が勝つ存在ではない。

 

沙羅は「女でもなく男でもない 子供でもなく大人でもない」と言う不安定さから、特に婚姻関係にある四の姫に申し訳ない気持ちを持っていて、石蕗と四の姫を近づけ自分は離縁して身を引こうとするのだが、四の姫が石蕗の二人めの子を身ごもって締まったことでますますあとに引けなくなる。この辺り、原作をきちんと読んでいるわけではないので何ともいえないが、やはりさいとうさんのドラマタイズが上手いのだと思う。

 

最終的にキーになる人物は、二人が男女入れ替わっていると言うことを見抜いた眼力の持ち主である吉野の宮だろうと思うが、そこに行くまでにまだ波瀾があるのかなと言う気もする。

 

そう言う物語が展開して行く宮中の四季折々の美しい描写も一つの見所だし、おそらくは源氏物語ほどは登場人物の心情が書き込まれていなくて、そこにマンガ家の想像力を加えて行く余地があったのかなとも思う。適度に現代的な感覚も持ち込まれていて、その辺りも現代の作品として読みやすい感じになっていると思う。

 

古典を現代感覚で描くと言うのは難しい面も多いのだが、私はこのストーリーは成功しているのではないかと思う。

ビアトリクス・ポターの伝記映画、『ミス・ポター』を観た。ピーター・ラビットの作者であり、ナショナルトラスト運動の祖でもある女性の生き方。

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ビアトリクス・ポターの伝記映画『ミス・ポター』を観た。

 

この作品は2006年に公開された映画で、「ピーターラビット」シリーズの著者であり、湖水地方のナショナルトラスト運動の祖としても有名なビアトリクス・ポターを演じた主演のレニー・ゼルウィガーのコケトリのある演技が印象的だった。

 

この映画は、一言で言えば「愛する人を失った才能ある女性が再び生に向かって歩き出すまでの、死と再生の物語」ということになるのだと思う。

 

映画の舞台は1902年から始まる。1902年という年は日露戦争直前、日英同盟が結ばれた年だが、イギリス史の上から見るとヴィクトリア女王が前年に死去してエドワード7世が即位したばかりの時期だった。日本ではヴィクトリア時代のみが有名だが、重く古典的な、禁欲的な文化だったヴィクトリア時代に比べ、エドワード朝時代は短いものの明るく開放された雰囲気の、「古き良き時代」として思い出される時代だったのだという。そんな気分がこの映画にも表れていて、古い時代の道徳や人間の生き方に対するビアトリクスの両親たちのヴィクトリア朝的な考え方との対比がこの映画の一つの重要なモチーフになっているように思う。

 

ビアトリクスはいくつもの出版社に出版を依頼したがなかなか引き受けてくれるところがなかったのだけれども、ようやくウォーン社が出版を引き受けた。経験のなかった末弟のノーマン・ウォーンが引き受けたことによって、当時としては常識外れだった女性著者として印刷所に訪れるなどまでして満足のいく書籍に仕上げるなどの努力をした結果、彼女の著書『ピーターラビットのお話』はベストセラーになった。

 

以降も彼女の本の出版を続けるうち、ノーマンとビアトリクスは愛しあうようになるが、ビアトリクスの両親は結婚を許さない。苦慮した父親は、3か月の夏の保養期間が過ぎても気持ちが変わらなければ結婚してもよい、という妥協案を示す。ビアトリクスはそれを受け入れたのだが、その期間中にノーマンは病を得て亡くなってしまった。

 

生きる気力を失い、ロンドンの自邸の自室に籠るビアトリクスだったが、ノーマンの姉でビアトリクスの親友のミリーの励ましにより生きる力を取り戻し、湖水地方の農場を買って自活を始める。

 

そして開発業者に農場が蚕食されている現状を知ったビアトリクスは自ら農場を買い上げ、今まで通りに農民に暮らしてもらえるようにして、自然環境を守っていくという道を開いた。

 

役者として私が好きだったのは主演のビアトリクスを演じたレニー・ゼルウィガーなのだが、あとはウォーン社のノーマンの二人の兄が、イギリスっぽいというか、なんというかカフカの『変身』に出てくる三人の紳士のイメージを思い出して、可笑しかった。

 

風景的には、ロンドンの街中や屋敷の中のビアトリクスの部屋のイメージと、湖水地方の農場に引っ越した後の室内の素朴な家具、そして何より美しい風景との対比、また両親のヴィクトリア時代的な人生観とビアトリクスたち「新しい時代」の人生観の対比、生き生きと絵本を書き続けているときと恋人の死を知っての身も世もない落ち込み、また湖水地方に移転してからの生き生きとした生活の対比など、さまざまなところに印象が残った。

 

映画としては、イギリス的なユーモアを感じさせる部分と、アメリカ的なお約束的な無理やり感が感じられる部分があったのだけど、監督がオーストラリア出身で、制作会社がアメリカで、エグゼクティブ・プロデューサーがビアトリクスを演じたレニー・ゼルウィガー自身だということで、純粋なイギリス映画でもアメリカ映画でもなく、そのあたりからちょっとミクストされた感じになったのだろう。

 

この映画を見ながら、人はどういうドラマを生きるか自分で選択する部分と与えられる部分があるのだなあと思った。

 

ビアトリクスは才能のある女性で、でも男社会で正当に評価されない。そこにひょんなことから現れた編集・出版者ノーマンの出現により、望外の成功を収める。ノーマンの死はビアトリクスをロンドンから連れ出し、湖水地方の新しい生活の中でそこでの問題を見つけ、その解決のために果敢に取り組んでいくうちに、弁護士の新しい伴侶を得る。Wikipediaによるとノーマンがなくなったのは1905年(35歳)、弁護士・ウィリアム・ヒーリスと結婚したのは47歳とのことだが、ほぼ彼女の30代の話ということだろう。この映画の時点でレニー・ゼルウィガーは37歳だから、まさにその中心の時期になるということだろう。

 

ビアトリクスは「人と違っても自分の望みを果たすことを求めて生きる」というドラマを選んだわけだけど、図らずも「愛する人を失った才能ある女性の死と再生の物語」というドラマと、「成功した高名な財産ある女性」というドラマをも生きることになった。そしてそこにとどまることなく、さらに「自然と景観を守る」という人生をも生きたわけだから、すごい人であることは間違いない。

 

こうしたドラマ映画というものは、自分と同じような境遇を持つ人に対して共感しながら見ることもできるし、またそのドラマの向こうに多くの同じような境遇を持ちながら頑張っている人たちを見ることもできる。

 

どんなふうに行きたいか、どんな人生を選びたいのか、というのは、「自分がどんなドラマを生きるのか」という決意から始まるのだなと思う。

 

その先にどんなドラマが与えられるかはわからないが、生きるということは常に自分がどんな人間であるのかということを明確にすることが求められてくる。

 

ビアトリクス・ポターの人生は一つの明確なビジョンに基づき、運命の試練に耐えながら、自分が選んだドラマを生き抜いていった、稀に見る優れた、素晴らしい女性の人生だったということができるだろう。

 

どんなときにも、自分はどのようなドラマを生きるつもりなのか、そのビジョンを明確にしていなければならない。

 

この映画のことを思い出しながら、そんなことを思ったのだった。

トランストロンメルの詩集『悲しみのゴンドラ』を読んだ。(2)朗読したくなる詩集だった。

悲しみのゴンドラ 増補版

 

トランストロンメルの詩は朗読したくなる詩だ。

 

つよい、ということはワンフレーズワンフレーズの意味が取りやすい、ということでもある。

 

詩と言っても私はやはり今までは抒情詩的な方面に偏っていたから、言葉の意味というより何かの発露としての表現という方に鑑賞の重点があったわけだけど、トランストロンメルの詩はむしろ意味を解読して行くことでより深く理解できる、そういう詩だ。そこにヨーロッパの重層的な教養がある。だからと言ってギリシャ悲劇からすべてを理解していなければ手も足も出ない、というようなものでもない。ちゃんとそういう知識の足りない無教養な私であっても十分楽しめるような意味構造を用意してくれている。

 

「悲しみのゴンドラⅡ」という詩は1882年末にリストが娘婿のワグナーと娘のコジマをヴェネツィアに訪ねた時のことを題材にしていて、ワグナーはその数か月後に亡くなっているのだそうだ。そしてリストはこのときのことを題材に二つのピアノ曲を書き、「悲しみのゴンドラ」と名付けて発表しているのだそうだ。

 

私が強く引かれた一節を抜き出してみよう。

 

リストが書きとめる和音の重さは途方もなく

分析にパドヴァの鉱物試験所に送るべきほど。

まさに隕石群!

休止するには重すぎて ただ 沈みに沈み

    未来の底まで抜け通る

 

和音の重さ。リストが書きとめるその重さ。パドヴァの鉱物試験所。そこからの連想だろうか、リストの和音は隕石群に比されている。「隕石群!」というフレーズは吉増剛造を連想させられたが、その言葉のおさまり具合からもトランストロンメルの方がかっこいい。

 

休止するには重すぎる和音。それが沈みに沈んで、未来の底、引用はしなかったが1930年代のムッソリーニの台頭期にまで沈んで行く、というわけだ。

 

こういう一節からもこの人が世界をどのようにとらえているかがうかがえるわけで、おそらくはヨーロッパ教養人の多くが共有している世界認識と言っていいのだろうと思う。

 

それがトランストロンメルの詩の言葉の形を取ると衒いもなく、または何もつかず、とてもかっこよく、自分から進んでその価値観を共有したいと思うようになる、そんな力を持っているわけで、この人がノーベル文学賞を取った理由はとてもよくわかるなと思った。単なる地元びいきではないのだ。

おそらくはこの受賞はそのように多くの国で解釈されているだろうけれども、それだけで終わってはつまらない。特に日本人にはこの人の詩をもっと読んでもらえるといいなと思う。

 

この詩は八つのパートに分かれ、ページ数で15ページにわたっているのだが、朗読してiPhoneのボイスメモに録音してみたら4分余りになった。

 

声に出してみると、目で読んだときには気がつかなかった意味に一つ一つ気づいて行き、読むたびに加わって来るその意味を加えて朗読しなおさなければと思う、そういう楽しみがある。

トランストロンメルの詩集『悲しみのゴンドラ』を読んだ。(1):2011年のノーベル文学賞受賞作家は「強い詩」を書く詩人だった。

悲しみのゴンドラ 増補版

 

 

トマス・トランストロンメルの詩集『悲しみのゴンドラ』増補版(思潮社、2011)を読み始めた。

 

トランストロンメルと言ってもぴんとこないと思うが、2011年のノーベル文学賞を受賞したスウェーデンの詩人だ。

 

芥川賞ノーベル文学賞はなるべく読むことにしているのだが、「スウェーデンの詩人」だという時点であまり興味がなくなってしまい、それはどうも日本の出版界も同じだったらしく、検索してもこの一冊しか日本には出回っていないようだった。

 

この本は1996年に書かれ、1999年に日本語に翻訳されたもので、ノーベル文学賞の受賞を受けて昨年それに関連する「栞」が付されて増補されたものだ。

 

思潮社は『現代詩手帖』を出している詩の専門出版社だが、こんなことでもなければ詩集の増刷などほとんど考えられないのだけど、こんなことがあってもこの一冊しか出回らないくらいにしか、現代日本において詩というものは関心を持たれていない。

 

しかし読み始めて、というか朗読をはじめて、この人の詩の持つ圧倒的な「つよさ」にすごく気持ちのよい、嬉しい、わくわくするものを感じた。私はこういうのが好きだ。

 

詩の「つよさ」と言っても分かりにくいかもしれないが、日本で人気のある詩というのは基本的に「よわい」詩だと思う。

 

日本人はそういう詩の方が好きだし共感する、それはもちろん私もそうなのだけど、それは多分「自我の殻」があまり強くないということとも関係しているのだと思う。「よわい」詩というのは例えば石川啄木であり、中原中也であり、谷川俊太郎の多くの、抒情的な詩だ。

 

「つよい」詩というのは私のイメージでは例えば宮澤賢治なのだが、その違いは世界が外に開いているか、内に開いているかの違いといえばいいだろうか。

 

詩の世界というのはまた複雑で、啄木にしろ中也にしろ谷川にしろ詩の主流から見れば異端、傍流なのだけど、しかし人気があるのは圧倒的にこういう人たちなのだ。

 

しかし主流の人たちの詩が「つよい」かというと必ずしもそうだとは思えない。「蝶々が一羽韃靼海峡を渡っていった」なんていうのはつよい方だと思うのだけど、だから何、という感じがする。

 

強さというのはたとえばダンディである、つまり「かっこいい」ことがい必要だけどそれだけではなくて、ユーモアとか諧謔性を感じさせ、そして自分のことだけでなく世界のことをうたっていなければならない、と思う。

 

日本の詩人で世界のことをうたっているというのは、少々これもまた異端、というか仏教的な観点から世界をうたっている宮澤賢治くらいしか思いつかない。そして言うまでもなく宮澤賢治もまた、詩の世界では本流とはいえない。

 

トマス・トランストロンメルの詩はそのすべてが含まれていて、つよい。

 

ユーモアや諧謔性というのもある意味かっこよさの条件だから、そして世界へのアプローチが、現代ヨーロッパの教養人のものなのだけど、今までそういう人というのはどうしても鼻につくものを感じていたのだけど、トランストロンメルの詩を読んで理解できる、共有できるものがあるんだということを強く感じた。

 

私はもちろんヨーロッパの教養人ではないけれども、日本の無教養人であっても共有できる要素があるというのは心強いことで、つまりはこういう人たちと連帯して世界を変えていくということは案外可能なんじゃないかと思えるということだし、大江健三郎村上春樹みたいな人たちだけでなく、私みたいなバカでも共有できる世界が広々とあるなら、案外何かをしかけることは可能なんじゃないかと思ったのだった。

 

まあ世界を変えると言ったら大げさだし、アンガージュマンが自分のやるべきこととは思えないからほんの少しのことなのだけど、自分が存在し、何かをやることでほんの少しだけ世界がましになるのなら、まあ存在した意味、やった意味があるというものだと思う。

 

(2)に続きます。